人類の起源

日本人はどこから来たのか 縄文人・弥生の渡来人・古墳時代の3つの祖先

2026年10月28日更新・約8分で読めます

縄文土器のかけら(滋賀県 相谷熊原遺跡)
Photo: 雪野滾滾 / CC0 / Wikimedia Commons
AIによる調査論文と博物館・研究機関の資料をAIが調べ、内容を確かめて整理しました(出典は末尾)。

「日本人は縄文人と弥生人の混血」という説明を聞いたことがあるかもしれません。2021年、古い人骨のDNAを読んだ研究が、もう1つの流れを加えました。古墳時代にも、大陸から多くの人がやって来ていたのです。

3行でわかる

  1. 日本列島には、1万年以上続いた縄文人の集団がいた。大陸の集団から分かれたのは約2万〜1万5000年前と推定されている。
  2. 約3000年前からの弥生時代に、北東アジア系の祖先を持つ人々が水田の稲作とともにやって来た。
  3. 約1700年前からの古墳時代に、東アジア系の祖先を持つ人々が多く加わった。今の日本列島の人は、この3つを受け継いでいるという見方が有力(古墳時代の人骨は3人分で、確かめはこれから)。

01 わかっていること日本人の祖先はどこから来たの?

縄文人・弥生時代に来た人々・古墳時代に来た人々の3つの流れが混ざってできた、という「三重構造」の説が、古い人骨のDNAから示されています。それまでは縄文と弥生の2つで説明されていました。

縄文人は、狩りや漁、木の実の採集で暮らした人々です。世界でも古い土器を作っていました。Cookeらは、縄文人の系統が大陸の集団と分かれた時期が、海面が上がって日本が島になっていった時期と重なると指摘しています。

長く知られてきたのは「二重構造」の説です。もとからいた縄文人に、弥生時代に大陸から来た人々が加わってできた、という考え方です。

この話は、どの祖先が優れているかという話ではありません。いろいろな時代に来た人々が出会い、一緒に暮らしてきた歴史がDNAに残っている、ということです。

02 どうやってわかったのかどうやってわかったの?

縄文・弥生・古墳時代の人骨からDNAを取り出して読み、今の人や大陸の人と比べました。時代ごとに祖先の割合がどう変わったかを追うことで、人の流れが見えてきました。

わかっている日本列島人類集団遺伝学コンソーシアム(2012年、Journal of Human Genetics)[4]

アイヌの人々と琉球の人々は、DNAの上でいちばん近いなかまとしてまとまり、その次に本土の人々が近かった。二重構造の説を支える結果だった。

どうやって: アイヌと琉球の人々の約100万か所のDNAの違い(SNP)を調べ、東アジアの各集団と比べた。縄文人と弥生人がどこから来たかは「まだ解かれていない」とも書いている。

わかっている神澤秀明(Kanzawa-Kiriyama)ら(2017年、Journal of Human Genetics)[2]

福島県の三貫地貝塚の約3000年前の縄文人2人のゲノムを読み、縄文人は今の東アジアの集団が枝分かれする前に分かれた系統だとわかった。今の本土の人が受け継ぐ縄文人のゲノムは20%未満と推定した。

どうやって: 縄文人の核DNA(細胞の核にある全遺伝情報)を初めて分析し、世界の集団と比べた。

有力な仮説Gakuhari ら(2020年、Communications Biology)[3]

本州の約2500年前の縄文人のゲノムは、東アジア・北東アジアの集団の根もとに近い位置にあった。台湾の先住民の人々とも近く、海岸沿いに来た道の可能性を示した。

どうやって: 縄文文化の典型的な遺跡の人骨1人の全ゲノムを読み、各地の集団と系統を比べた。1人分なので、道すじについては仮説の段階。

有力な仮説Cooke ら(2021年、Science Advances)[1]

縄文・古墳時代の12人のゲノムを新しく読んだ。稲作は北東アジア系の人々が持ちこみ、古墳時代には東アジア系の人々が多く加わっていた。縄文人の祖先の割合は、弥生から古墳の人骨の間で約4分の1に減っていた。

どうやって: すでに読まれていた縄文人3人・弥生人2人のゲノムも合わせて、時代ごとの祖先の割合を計算した。古墳時代の人骨は3人で、数が少ないことは研究の限界。

03 数字と例えでいうと縄文人の祖先はどれくらい残っているの?

現代の日本人のDNAのうち、縄文人に由来する部分は、計算方法によって約9〜15%と推定されています。2017年の研究では20%未満でした。

項目値身近な例えでいうと
縄文人が大陸の集団と分かれた時期約2万〜1万5000年前 [1]地球の歴史を1年にすると、大みそかの23時57〜58分ごろ
縄文人の集団の大きさ(子を残す人の数の目安)約1000人が数千年続いた [1]小さな学校1つ分ほどの人数
弥生時代の始まり約3000年前 [1]大みそかの真夜中の約21秒前
古墳時代の始まり約1700年前 [1]大みそかの真夜中の約12秒前
今の人の縄文人由来の割合約9〜15%(方法による)[1]、20%未満 [2]DNAを100枚のカードにすると、9〜15枚ほど

「約1000人」は、集団遺伝学でいう有効な集団の大きさ(子を残す人の数の目安)で、実際に住んでいた人数とは違います。

時刻の例えは、年代÷46億×1年で計算しました(3000年は約21秒、1700年は約12秒)。

04 まだわかっていないことまだ謎なのは何?

縄文人がどの道を通ってどこから来たのか、地域ごとにどう混ざったのかは、まだよくわかっていません。古墳時代の人骨のDNAもわずか3人分です。

05関連する記事

06よくある質問

日本人は縄文人と弥生人の混血なのですか?

古い人骨のDNAを読んだ研究(Cookeら、2021年)では、縄文人・弥生時代に来た人々に加えて、古墳時代に来た人々も大きく加わっていたと推定されています。3つの祖先が混ざってできたという説です。

縄文人のDNAはどれくらい残っていますか?

今の日本列島の人のDNAのうち、縄文人由来の部分は計算方法により約9〜15%と推定されています。2017年の研究では20%未満とされました。

アイヌの人々や沖縄の人々はどうですか?

2012年の研究で、アイヌの人々と琉球の人々はDNAの上でいちばん近いなかまにまとまり、次に本土の人々が近いことが示されました。どの集団が上ということではなく、たどってきた歴史の違いです。

出典

  1. Cooke NP, et al. (2021). Ancient genomics reveals tripartite origins of Japanese populations. Science Advances 7, eabh2419. https://doi.org/10.1126/sciadv.abh2419
  2. Kanzawa-Kiriyama H, et al. (2017). A partial nuclear genome of the Jomons who lived 3000 years ago in Fukushima, Japan. Journal of Human Genetics 62, 213-221. https://doi.org/10.1038/jhg.2016.110
  3. Gakuhari T, et al. (2020). Ancient Jomon genome sequence analysis sheds light on migration patterns of early East Asian populations. Communications Biology 3, 437. https://doi.org/10.1038/s42003-020-01162-2
  4. Japanese Archipelago Human Population Genetics Consortium, Jinam T, et al. (2012). The history of human populations in the Japanese Archipelago inferred from genome-wide SNP data with a special reference to the Ainu and the Ryukyuan populations. Journal of Human Genetics 57, 787-795. https://doi.org/10.1038/jhg.2012.114