心と行動の起源

言葉はいつ生まれたのか まだわかっていない理由と手がかり

2026年10月28日更新・約6分で読めます

ネアンデルタール人の舌骨(ケバラ洞窟)
Photo: Thilo Parg / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
AIによる調査論文と博物館・研究機関の資料をAIが調べ、内容を確かめて整理しました(出典は末尾)。

人の言葉が生まれた時期は、5万年前とも50万年前とも言われ、10倍もの開きがあります。声や会話は化石に残らないので、直接の証拠がないからです。「言葉の遺伝子」と呼ばれたFOXP2も、思われていたほど単純な話ではありませんでした。

3行でわかる

  1. 言葉がいつ生まれたかは、まだわかっていません。約5〜10万年前とする説から、約50万年前とする説まであります。
  2. 遺伝子FOXP2は「言葉の遺伝子」ではありません。話すことに関わる遺伝子の1つで、ネアンデルタール人も同じ型を持っていました。
  3. 約6万年前のネアンデルタール人の舌骨は、私たちとほぼ同じ形でした。ただし、話せる体のつくりと、言葉を使っていたことは別の問題です。

01 わかっていること言葉はいつ生まれたの?

まだわかっていません。ただ、今の人類はどの集団も言葉を持っているので、遅くとも集団が分かれ始めた約13万5000年前には、言葉を使う力があったという説があります。

言葉そのものは化石に残りません。そこで研究者は、骨の形、遺伝子、道具や装飾品などの「間接的な手がかり」から推測しています。

手がかりの読み方が人によって違うため、答えは数万年前から数十万年前まで大きく分かれています。決着がついていない、というのが今わかっていることです。

02 どうやってわかったのかどんな手がかりがあるの?

大きく3つです。話すことに関わる遺伝子FOXP2、のどの骨(舌骨)の化石、そして今の人類の集団がいつ分かれたかを示すDNAの比較です。どれも「言葉の始まり」を直接示すものではありません。

わかっているライら(2001年、Nature)[1]

話すことと言葉の理解に重い障害が受け継がれている家族(KE家)を調べ、FOXP2という遺伝子の1か所の変化が原因だと突き止めました。FOXP2は、話すことに関わるとわかった最初の遺伝子です。

どうやって: 3世代の家族の遺伝子を調べ、障害のある人にだけ共通する変化を探しました。FOXP2は、ほかの遺伝子の働きを調整する役目をもつ遺伝子です。

有力な仮説エナールら(2002年、Nature)→ アトキンソンら(2018年、Cell)[2][4]

2002年の研究は、ヒトのFOXP2はチンパンジーなどと比べて2か所のアミノ酸が変わっており、最近になって集団に急に広まった跡があると報告しました。ところが2018年、世界の数百人分のゲノムで調べ直すと、最近広まったという証拠は見つかりませんでした。

どうやって: ヒトと類人猿のFOXP2を比べ、ヒトどうしの個人差の模様から「急に広まったか」を調べました。2018年の研究は、最初の結果は調べた人の集め方によるものだったと考えています。

わかっているクラウゼら(2007年、Current Biology)[3]

ネアンデルタール人の骨から取り出したDNAでも、FOXP2の2か所の変化は私たちと同じでした。この変化は、両者の共通祖先の時代までさかのぼる可能性があります(この論文は分かれた時期を約30万〜40万年前としましたが、2016年の研究で、ネアンデルタール人の系統は43万年前にはすでにデニソワ人と分かれていたことがわかり、ヒトとの分かれ目はそれより前と考えられるようになりました[9])。

どうやって: ネアンデルタール人の骨からDNAを取り出して読みました。同じ型を持っていたことは、言葉を話していた証明にはなりません。

有力な仮説アレンスブルクら(1989年、Nature)、ダナスタシオら(2013年、PLoS ONE)[5][6]

イスラエルのケバラ洞窟で、約6万年前のネアンデルタール人の舌骨(のどの奥で舌の付け根を支える小さな骨)が見つかりました。大きさも形も今の人とほぼ同じで、2013年の研究では骨の内部のつくりも私たちとよく似ていました。

どうやって: 化石の形を測り、2013年にはX線で骨の内部を撮って、どんな力がかかっていたかを計算しました。著者らは「話す力があったことと矛盾しない」としていますが、形が似ていても言葉を使っていたとは言い切れません。

有力な仮説宮川ら(2025年、Frontiers in Psychology)[8]

今のホモ・サピエンスの集団が最初に分かれたのは約13万5000年前でした。分かれたどの集団の子孫も言葉を持っているので、言葉を使う力は遅くともその時までにあったはずだ、と著者らは考えています。

どうやって: 集団の分かれた年代を推定した過去のゲノム研究をまとめて読み直しました。言葉そのものがいつ生まれたかではなく、「遅くともいつまでに」を示す考え方です。

03 数字と例えでいうと説によってどれくらい違うの?

よく言われてきた5万〜10万年前と、約50万年前という説では、10倍ほどの差があります。どの説も、ヒトとチンパンジーの祖先が分かれた数百万年前よりはずっと最近です。

項目値身近な例えでいうと
よく言われてきた言葉の始まり5万〜10万年前 [7]1世代25年として2000〜4000世代前
集団が分かれ始めた時期(言葉を使う力の下限とする説)約13万5000年前 [8]1世代25年として約5400世代前
ネアンデルタール人と共通の祖先にまでさかのぼる説約50万年前 [7]1世代25年として約2万世代前
ケバラ洞窟の舌骨の古さ約6万年前 [5]1世代25年として約2400世代前
FOXP2のアミノ酸の変化チンパンジーなどと比べて2か所 [2][3]ネアンデルタール人も同じ2か所が変わっていた

04 まだわかっていないことなぜ答えが出ないの?

言葉は化石にもDNAにも直接は残らないからです。骨や遺伝子からわかるのは「話せる体や脳の素地があったか」までで、実際に言葉を使っていたかは別の問題として残っています。

05関連する記事

06よくある質問

FOXP2は「言葉の遺伝子」なの?

いいえ。FOXP2は話すことに関わるとわかった最初の遺伝子ですが、言葉はたくさんの遺伝子と脳の働きが合わさってできています。FOXP2はチンパンジーやネズミにもあり、チンパンジーとの違いはアミノ酸2か所だけです。

ネアンデルタール人はしゃべれたの?

わかっていません。のどの舌骨の形や内部のつくりは私たちとほぼ同じで、FOXP2の型も同じでした。話せる体のつくりがあった可能性はありますが、言葉を使っていたかは決められていません。

チンパンジーに言葉を教えたら話せる?

人のように話すには、のどや口をとても細かく動かす力が必要です。チンパンジーなどの類人猿にはこの力がないことがわかっていて、人と同じように声で話すことはできません。

なぜ言葉の始まりを調べるのは難しいの?

声も会話も化石に残らないからです。研究者は骨の形、遺伝子、道具や装飾品など間接的な手がかりから推測するしかなく、その読み方で答えが数万年前から数十万年前まで分かれています。

出典

  1. Lai, C. S. L. et al. (2001). A forkhead-domain gene is mutated in a severe speech and language disorder. Nature 413, 519-523. https://doi.org/10.1038/35097076
  2. Enard, W. et al. (2002). Molecular evolution of FOXP2, a gene involved in speech and language. Nature 418, 869-872. https://doi.org/10.1038/nature01025
  3. Krause, J. et al. (2007). The derived FOXP2 variant of modern humans was shared with Neandertals. Current Biology 17, 1908-1912. https://doi.org/10.1016/j.cub.2007.10.008
  4. Atkinson, E. G. et al. (2018). No evidence for recent selection at FOXP2 among diverse human populations. Cell 174, 1424-1435. https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.06.048
  5. Arensburg, B. et al. (1989). A Middle Palaeolithic human hyoid bone. Nature 338, 758-760. https://doi.org/10.1038/338758a0
  6. D'Anastasio, R. et al. (2013). Micro-biomechanics of the Kebara 2 hyoid and its implications for speech in Neanderthals. PLoS ONE 8, e82261. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0082261
  7. Dediu, D. & Levinson, S. C. (2013). On the antiquity of language: the reinterpretation of Neandertal linguistic capacities and its consequences. Frontiers in Psychology 4, 397. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2013.00397
  8. Miyagawa, S. et al. (2025). Linguistic capacity was present in the Homo sapiens population 135 thousand years ago. Frontiers in Psychology 16, 1503900. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2025.1503900
  9. Meyer, M. et al. (2016). Nuclear DNA sequences from the Middle Pleistocene Sima de los Huesos hominins. Nature 531, 504-507. https://doi.org/10.1038/nature17405